幼稚園時代の連絡帳。母親の字で、園生活の最後の締めくくりとして、あるエピソードが書かれています。
「…いつだったか幼稚園から帰るなりただいまも言わず台所のドアを開けてとびこんできて『ママ、中田先生が喜んでくれてん。有り難う、うれしいわってゆうてくれはってん』と興奮していったことがありました。(中略)そのときのあの喜びに満ちた由実の表情は忘れられません。ほかのどんな賞賛よりも嬉しかったのでしょう。わたしは心から先生に感謝しました。そのことは由実のこころに原点の一つとなって刻み込まれるでしょう。親切ややさしさを、言葉で教えられるより、体験として、喜びとして学ぶことができたのです。…」
挨拶もろくにできないほどの恥ずかしがり屋で、自分の気持ちを、いつも上手に人に言えない子でした。その分、人の気持ちにはとても敏感な子どもでした。そんなわたしを、ありのままに受けとめてくれたのが、担任の中田雅子先生です。友達の輪に入るよりも、ひとりで遊ぶことが好きなわたしは、子どもなりに、こんな自分ではいけないのでは、と、大人からのプレッシャーを感じていたのだと思います。
中田先生からの「そんなあなたでいい」というメッセージ。それは幼いわたしの小さな世界を、大きく変えるものでした。
認めてもらえた。それがいまもわたしの原点になっています。
ありのままでいいと認めてあげることが、どれだけ人に自信を与えるか。
花まるにも、Atelier for KIDsにも、さまざまなカラーを持った子どもたちがきます。一人ひとりが違っていて当たり前。なのにわたしたちは、「お友達がたくさんいたほうがいい」「外でたくさん遊んでほしい」「人前で言いたいことをきちんと言ってほしい」「ちゃんと片付けができてほしい」「おしゃべりばかりしないで、話を聞いてほしい」と、「いま、もっと、こうあってほしい」を、大人の価値観で、強要してしまうのかもしれません。
肝心なのは、その子の持っている個性を、いいところを、たくさん発見して認めてあげること。そのことのほうが何倍も、彼らにとって生きる底力となるはずです。自分の人生を、切り開く力になるのです。わたしが、中田先生にしてもらったように。
先日、闘病中の母が他界しました。
母はメモ魔で、わたしの幼少期のエピソードや、母が感じたことを文字にして残してくれていました。ピアノ教室に、画用紙とクレヨンをカバンにいれて行く事件、えほんノートに残された「妹に見せてあげよう。いつもいらない君みたいに食べへんやろ、何でも食べやんな、こうなるねん」と言い聞かす、自分のことは棚にあげているエピソード……
アルバムに残っている写真たちと同じように、残された言葉の数々に、母がわたしに向けていたまなざしを感じることができます。それは人生において、いつもわたしを支えていました。わたしのままでいいのだ、という自信。
長所と短所は背中合わせ。強みを生かしていけば、弱みはそのうちとるに足らない小さなことになっていきます。人前で話せなかったわたしは、先生という職業を選び、いまも息を吸うように作品を創り続けています。
書籍やラジオでも母を登場させていたので、保護者の方からも温かいメッセージをたくさんいただき本当にありがとうございました。また落ち着きましたら、伝え切れていないたくさんの母とのおもしろエピソードを切り取って、シェアしたいと思います。
井岡 由実(Rin)
🌸著者|井岡由実(RIN)
国内外での創作・音楽活動や展示を続けながら、 「芸術を通した感性の育成」をテーマに「ARTのとびら」を主宰。教育×ARTの交わるところを世の中に発信し続けている。著書に『こころと頭を同時に伸ばすAI時代の子育て』 (実務教育出版)ほか。
「Atelier for KIDs」は、 小さなアーティストたちのための創作ワークショップです。
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