【77】美しいもの

 みなさんは「ito(いと)」というカードゲームを知っていますか。

 1から100までの数字カードを1人一枚引き、ある一つのお題から自分が引いた数字に見合う『もの』を考えてそれぞれが発表します。1の数字を引いていたら、お題とは正反対で遠いもの、100の数字を引いていたら、お題にぴったりと当てはまるものを発表します。お題は、「やわらかいもの」や「生まれ変わったらなりたい動物」、「給食の人気メニュー」などその時々で様々です。自分の数字を他の人に見せてはいけません。最終的に、それぞれが発表した『もの』を全員で検討し、数字順に並べることができたら成功です。伝わりそうで伝わらないことがもどかしくも面白い、価値観の違いを楽しむ協力ゲームです。

 先日、私は友達4人で「ito」を楽しみました。1から100の数字カードをランダムに引き、ゲーム開始です。お題は「美しいもの」。私はとても悩みました。そもそも、美しいものの100は何でしょうか。満開の桜?雲一つない青空?はたまたダイヤモンド?では美しくないものは何でしょう。ぬかるみ?洋服のシミ汚れ?散らかった部屋?
 そうです。このお題は、一人ひとりの価値観によって答えが大きく異なります。何に重きを置いているか、何を大切にしているかがそれぞれの答えから見えてくるようです。

 私は64の数字を引き、「シャボン玉」と答えました。日の光を虹色に反射させるシャボン玉。宙を浮遊する不安定さも、最後は消えて無くなってしまう儚さも、私の「美しい」という価値観をさりげなく刺激するものでした。続いて、友人Rが「5本のバラ」と答えました。「これはシャボン玉の方が美しいぞ」と私は心の中で思いました。バラは枯れてしまう。また、5本という本数からも、そこまで高い数字ではないと判断しました。
 しかし、他の友達は「5本のバラはシャボン玉よりも高い数字なのではないか」と言います。バラは後にも残るものだ。また、美女と野獣の物語にも登場するように、バラは美しいものの象徴だ、と。逆に、シャボン玉は消えてしまうため50より小さな数字なのではないかと。
 結果、友人Rが引いた数字カードは57。私は64。私は友達と「美しいもの」の捉え方が違うことがわかりました。

 このような価値観の違いは、どんなに気の合う友達でも、考え方が似ているパートナーでも、同じ場所で生きてきた家族でも、起こりうることなのではないでしょうか。それぞれの価値観のどちらかが正しくて、どちらかが間違っているわけではありません。価値観を同じにしなくてはいけないということもありません。

 1年生のMちゃん。先日、お母さんの手を触ってみたそうです。「あのね!つるつるだったの!」と私に笑顔で話しました。「まるで赤ちゃんの肌みたいだね!」と私が声をかけると、「うん!」と大きく頷きました。そのことをお母様にお伝えすると、「最近ハンドクリームを塗ることにはまっていて」と笑っていました。私は、肌がきめ細かく整っている様子は「すべすべ」と表現するものだと勝手に思い込んでしまっていました。Mちゃんが表現した「つるつる」という感触は、Mちゃん自身が心からそう感じたのだと伝わってきました。

 年中授業で行った色水の実験。たくさんの絵具を混ぜて作った液体は、茶色になりました。それを見て、「なんだか美味しそう」と言ったKくん。今朝お家で飲んだ大好きなココアを想像したのだそうです。私は子どもたちと一緒に、様々な色の液体を並べて、ティーパーティーを開催して遊びました。

 花まるの授業では、子どもたちのありのままの表現や、価値基準を大切にしています。「みんなが美しいと言っているから、美しい」と判断するのではなく、自分の心が動いたか、自分はどう感じたのかを教えてねと伝えています。花まるの教室が、一人ひとりの感じ方、考え方の違いを認め合える場所となるよう、今後も子どもたちの声を聞き、素直な気持ちを肯定してまいります。

 

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