【52】悪童帰還

 深夜1時頃、Lineにメッセージが届きました。「誰だろう、こんな夜中に」と思いながら、携帯電話に手を伸ばしたところ画面上に「サマーのリーダー応募は一般のところからでいいんですか?」と要件だけ書かれたメッセージが見えました。送り主は教え子のK君。一年ぶりに連絡をくれましたが、あまりにも不躾な要件だけのメッセージと常識を逸脱した時間の連絡に眠気も吹っ飛び「これは叱りつけなければ気がすまん!」とLineを開きましたが…。メッセージの送信が取り消されていました。数分後改めてメッセージが届きます。
『お久しぶりです。カナダでの生活もあと3週間になり、充実した留学生活を送っています。あと、サマーのリーダーをやるとしたら応募は一般のところからでいいんですか?』
「そういうところ」には昔からうるさかった私の顔を思い出したのでしょう。慌てて送信を取り消し近況の報告を加えて再送してきたK君。「まぁ随分しっかりしたな」と微笑ましくなりました。
 さて、連絡をくれたK君。高校2年生まで私立高校普通科に通学していたのですが、高校3年生にあがるタイミングで同校の通信コースに移りました。卒業単位は通信でもとれると判断し2021年9月からカナダへ留学することを前提とした編入です。当時お母さまからは相談を受けていましたが、ご家庭の事情が許すならば行かせてもいいのではと私も後押ししました。
カナダに渡ったのちにラグビーを始め某州で3位になった時の写真を送ってくれました。屈強そうな面々の中で見劣りするどころか、一際大きな体躯のK君が写真のど真ん中で、自信に満ち溢れた表情で写っています。ここだけ切り取ってみれば、自分で生きる道を切り開いていく魅力的な若者です。しかし私が彼を担当していた小学校低学年時代はもう悪童そのものでした。授業態度は悪く、気に食わないことがあればすぐに手が出てしまう。人が嫌がることも自分が楽しければ躊躇なく実行する。また強いストレスからチック症状が出ている。そんな子でした。また当時のお母さまの口癖は「本当に産まなきゃよかった」それはあまりにも彼が不憫だと思い「冗談でもそんなことは言ってはいけないですよ」と諭しても「先生、冗談じゃないですよ。本当に…」と感情を出す気力すらない状態。そう言ってしまうお母さんをまず支えなくては大変なことになる予感すらしました。転機は「うちの子を行かせたら迷惑しかかけない」とずっと躊躇していたサマースクールに、意を決して送り出してくれた3年生の夏です。2泊3日を過ごして帰ってきたK君のチック症状が治まっていたのです。解散地で初めて見た憑き物がとれたような屈託のない笑顔と「楽しかった~!」という言葉。トラブルというトラブルもなく、班の仲間といい時間を過ごせたのです。そして、何よりK君がいない夜を二日過ごせたお母さんが相当リフレッシュされたようでした。「お母さんと距離を置く機会を定期的に作ること」ここに望みをかけました。4年生、5年生と雪国スクールとサマースクールへの参加を重ねていくたびに、彼の体と心に血が巡り、子どもらしい瑞々しさを取り戻していく様子がはっきりとわかります。その後、地元の中学校には進学をしたくないという彼の希望とご両親の決断で中学受験に踏み切ります。苦闘が続く中ご両親が「ここの校風がいい」と一つの私立中学校に絞ったことが奏功し良縁が得られます。進学先の学校では中学2年生の夏に必ず短期留学があるのですが、K君はこの時にそれまでの不勉強を痛切に感じ悔しい思いをしたことを吐露していました。折角の機会だったのに同級生との時間に逃げてしまった。そんな後悔をもうしたくないから一人でやれるところまでやってみたいということが留学の動機です。その留学も6月末に修了し今度はマレーシアの大学への進学を目指すそうです。
メシが食える大人への階段を順調に登っているK君、この夏、昔の自分に重なる子どもとの出会いがおそらくあると思います。そんな子に寄り添い道標になってもらいたいと願い、サマースクールでの再会を約束しました。

 

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