【151】また一緒に、今度は子どものために
「絶望的な気持ちです。」竹岡裕介(仮)くんが9月の第一志望の慶応模試結果をみて呟きました。「算数の偏差値が20足りない…。」と。中学受験6年生にとって、頑張った夏後の結果が悪い時ほど落ち込むことはありません。
裕介くんは算数が苦手だったため、その克服が合格の絶対条件です。春に私と2人で「作戦会議」を開きました。「今は焦らず基礎を固めよう。人一倍復習して、同じ問題は誰にも負けないくらいできるようにしよう。」と伝えると、「わかりました。」とじっと目を見てこくりと頷きます
その後の行動は目を見張るものがありました。塾のない日も自学室を利用し、わからないところはごまかさず質問します。わかっても行動できないことが普通なのに、素直に有言実行したのです。こうして丁寧な時間を重ねた結果、9月模試偏差値は4月より17上がったのです。
しかし、翌日の慶応模試での算数偏差値は38、それを見てつぶやいたのが冒頭のセリフです。「裕介が今やっていることは絶対間違いじゃない。授業や宿題を誰よりも大切にしていけば必ず成績は伸びるから。一緒に頑張ろう。」と力を込めて励まします。「絶対に志望校合格を叶える」と強く心に決意しながら。
と実はこれ、7年前の2015年9月の出来事です。今裕介くんは大学生となり、先生として花まる学習会やスクールFCに戻り大活躍しています。
2022年9月下旬、慶応などの学校模試が今年も返ってきました。悲喜交々の成績の中で、私は結果が良くない子の答案をずっと睨みながら「うーん」と頭を悩ませます。その隣に同じように悩む裕介くんがいました。「慶応志望のY君、9月算数だけが取れてない状況はそっくりだね。」と話すと「そうでしたっけ。」と全く覚えていないとのこと。「あんな強烈な言葉を放っていたのに!」とツッコミながらも笑ってしまいます。同時に、あの時乗り超えられたのだから、と勇気が湧きます。
裕介くんの受験に戻ります。市川中学受験日のことです。会場に一番乗りで来ましたが、「おはようございます。」という笑顔はぎこちなく、地に足がついていない様子でした。入試会場の幕張メッセは、塾の先生が数百人も集まり、沿道を埋め尽くしていました。「頑張って」のかけ声が飛び交い、異様な熱気です。それに飲まれたようです。そんな中、同じクラスの友だちが慌てた様子で会場に来ました。そして、「先生、筆箱を忘れました…!」と言ったのです。聞いた瞬間みんなで大爆笑。そこからはすっかりいつもの様子でした。(受験する4人が仲良しだったため待ち合わせをしていました。)励ましの言葉とともに別れた後は、4人は一度もこちらを振り返ることなく、談笑しながら幕張メッセの奥へ奥へと進んでいきます。その頼もしい姿を完全に消えるまで、お母さんたちとずっと見送りました。
2月1日の入試本番では、「今の気持ちはどうですか。」との返答に、「この表情が緊張しているように見えますか。」と堂々と言い切るまでに。そして、入試から帰ってきた第一声、「悔いはないです。」と力強く言い切った姿には胸を打たれました。そして、ついに迎えた歓喜の時。「今、本当に…、幸せでいっぱいです…。」と喜びを噛みしめるようにゆっくり呟いた言葉は、聞いた刹那にカメラのフラッシュように爆発した喜びの感情は、今も色褪せずに心にあります。
一昨日の出来事です。「3分だけ待って、Rさん」と帰ろうとする子どもを先生である裕介くんが引き止めます。「ごめんね、帰る前に。でもこの説明だけさせて。」「…記述も書けるようになってきたね。後は詰めの部分、傍線部の周りにも意識していこうよ。」と熱心に伝えています。
立場は変われど、人のつながりを大切にして誠実に努力する姿は12歳の時と全く変わっていません。その終わり、Rさんが外へと歩きながら「私、合格できるかな…」とポツリ。「俺にもできたんだから大丈夫。一緒に頑張ろう。」と即答しニコッと言い切ります。これを見れる私は本当に幸せ者です。
裕介、いや竹岡先生。子どもの力になってくれてありがとう。また、一緒に頑張ろう。今度は、目の前の子どものために。