【145】Rちゃん

 「場面緘黙症(ばめんかんもくしょう)」。特定の場面や人に対して話したくても話すことができない状態のことを言います。断定はできませんが、それに近いお子さまがいます。
 3年生のRちゃん。家庭や友だちとはよく話すそうなのですが、家族や親せき以外の大人と話すことができません。私が
「Rちゃんは休み時間に何して遊んでいるの?」
と聞くと彼女は何か話したそうな表情はするものの何も答えませんでした。そこで彼女が答えやすくするためにイエスかノーで答えられる質問に変えてみます。やはり彼女は何も言いませんでしたが、ニコニコしながら会話を楽しんでいました。
時間になったので私が区切ると、Rちゃんは話せなかったことを悔しがっているような表情をしていました。それが重なるとストレスになっていくそうです。

 私は何とかしてRちゃんが会話する経験をしてもらいたいと思いました。知見のある人から筆談を勧められたので、早速次の週にやってみることにしました。
 算数プリントの時間。Rちゃんが手を止めていたので私はRちゃんが算数プリントの文章題でつまずいていることに気付きました。65÷9をしても割り切れないから手が止まっていたようです。私は、
「一緒に問題文を読んでみようか」
と言いました。その問題には9で割る前に、65から2を引く作業があることに気付いてほしいと思ったからです。一緒に読もうとしますが、彼女は口に出して読むことはありませんでした。「一緒に読むやり方でも声を出してくれないか…」と心の中で思いながらも私は問題文を読み続けます。私が問題文を読んでいる時にふと彼女の様子を見ると、彼女は必死に問題文を目で追っています。問題文を読み終え、
「割られる数って本当に65だったかな?」
と聞くと彼女は首を横に振ります。
「じゃあどんな数字になるかな?」
と私は聞きました。彼女は私の目を見てもじもじしていました。「答えたいけれど言葉を口にすることができない」という様子でした。彼女は心の中で戦っているように思えました。無理に声を出させてもいけないと思い、
「このプリントの端っこに書いてごらん」
と言うと、Rちゃんは何か解き放たれたように「63」と書きます。「これだ!」と言わんばかりの自信満々な顔。決して彼女は言葉を発したわけではありませんが、会話した後のような清々しい表情になっていました。

 たこマンの時間、子どもたちはプリントの裏にオチを書いてオリジナルの発想を思い描くことを楽しんでいましたが、そのオチをぜひともみんなに向けて伝えてほしいと私は思っています。そこで口頭で発表できる子は口頭で発表するようにしています。最初はほとんどの子が算数プリントの裏に書き出します。K君が近くの講師に認められて自信を持ったのか
「僕も言いたい!」
と手をあげます。K君を筆頭に、他の子も続けて人前で発表するようになります。自分の頭の中を書き出したことでまとまり、発表しやすくなったのでしょう。そしてRちゃんもプリントの裏に書いたオチを近くの講師に認められて少し自信を持ちました。その講師が
「Rちゃん、このオチをやっすーに発表してもらっても良い?」
と聞きました。Rちゃんが書いたオチを私が発表するということです。私はRちゃんがどのような反応をするのか固唾を飲んで待っていました。少し間を置いた後、Rちゃんは「うん」とうなずいたのです。私たち講師は驚きと喜びでいっぱいです。発表されたRちゃんの表情を見ると嬉しそうでした。

 そしてその日のなぞペーの時間。担当の講師が、Rちゃんがじっくり考えて解けた瞬間の「できた!」という小さな声を聞いたのです。今まで言わなかったのにそれを言ったということは外の大人に徐々に心を開いてきた証拠です。

 Rちゃんにはまずは外の環境で相手と話したという成功体験を重ねてほしいと思っています。最初は手紙や筆談でも。たこマンも算数プリントの裏に書いて、それを私が代わりに発表していくのもそうです。Rちゃんが「花まるでなら話せるんだ!」と思ってもらえるまで、試行錯誤しながらコミュニケーションを取り続けていこうと思います。

 

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