「ではあいさつの前に、靴とカバンがそろっているか、確認しましょう」と声をかけると、のんびり準備をしていたけれど、あわててあいさつに間に合わせようとする子、もう僕は準備万端、と言わんばかりにじっと私の目を見てくる子、自分のものだけでなく仲間のはみ出たカバンをそっと整える子…。それぞれに考えた様子で、これから始まる何かに、こころを向かわせ始めます。
「何事を始めるにも、最初に大切なことは、整えるということです。靴をそろえることは、こころを整えることだね」そうやって、授業は始まります。
当たり前ですが、ぐちゃぐちゃになった机の上では、集中して何かを始めることは困難です。スポーツ選手は、道具を念入りに手入れしますし、演奏者は楽器を大切に扱います。一流の人ほど、自分が一番力を出せる方法を、持っているものでしょう。
かくいう私のアトリエの机上は、一年のうちほとんどが整理整頓には程遠い状態です。仕事が終わったとき、いったんまっさらな状態に戻しますが、それまでは進行中のものがいつでも目に入り、道具と素材の間をいつでも行き来できるような混沌さを保っています。ひらめきとインスピレーションを起こしやすい環境を、〝整えて〟いるわけで、片づけない言い訳ではありません(笑)。
さて、古来より〝こころ〟を大切に扱ってきた私たち日本人にとって、しつけとは、〝こころ〟を そろえることを基本にしています。そろったとき、物事はスムーズにいくようになっています。「手と手を合わせる」ことも同じで、そこに流れているのは、日々を丁寧に生きる意識。その積み重ねが、〝こころ〟を大切に扱うこと、そして、素直なこころを作ることにつながります。
「靴をそろえる」。そんな些細なところに、〝こころ〟は表れます。ことばには意識がのり、意識は心に自然に働きかけます。子どもたちには概念がないので、より真理に近いところで生きています。意味はわからなくても、感覚で、それが大切なことだと、すっと理解します。〝こころをそろえる〟意識が育つのです。それを習慣にするのが、しつけなのではないでしょうか。
普段から当たり前のように伝えている「靴をそろえてね」のことばの中に、「いただきますをしよう」と言う台詞に、「こころをそろえよう」という〝意識を乗せて〟伝えてみる。こころの中で思うだけでよいのです。あなたという人格と哲学が、子どもたちに伝わっていき、こころを育て、感性を耕していくはずです。
しつけという側面で子どもに何かを伝えたい、という場合に、そのことばの奥にある届けたいものは何か、ということを、大人の側が意識して、いったん考えてみる。そうすることで、ことばにせずに思うだけで、子どもたちに伝わるかどうかが決まってくるのです。みなさんもぜひ、試してみてどうだったか教えてくださいね。こう考えると子育てはいつも、私たち大人が鍛えられ、成長させられるものですよね。感謝とともに、年始をお迎えできますように。
また来年もどうぞよろしくお願いします。
井岡 由実(Rin)
🌸著者|井岡由実(RIN)
国内外での創作・音楽活動や展示を続けながら、 「芸術を通した感性の育成」をテーマに「ARTのとびら」を主宰。教育×ARTの交わるところを世の中に発信し続けている。著書に『こころと頭を同時に伸ばすAI時代の子育て』 (実務教育出版)ほか。
「Atelier for KIDs」は、 小さなアーティストたちのための創作ワークショップです。
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