年長・Kくんが自由自在に文字を書けるようになった理由

花まる教室長コラム

幼稚園時代の私は、来る日も来る日も園庭で遊んでいた。 走り回るのが楽しくて仕方なかった。もちろん、興味を持ったことならば、部屋の中での遊びも好きだった。廊下でやったマーブリングは「色の原体験」を与えてくれたし、好きな大きさに作っていいと言われ、段ボールと絵の具で仕上げた高さ2mのキリンは、他の子たちが作った白熊やパンダたち と一体となって動物の世界をつくり、私を圧倒した。どちらも、感動というものを教えてくれた大事な記憶だ。  


そんな私が、忘れられない人がいる。「なんで和(かず)ちゃんは 折り紙をしないの?」と幾度も聞いてきた先生だ。「やりたくないから」という答えなど、持ち合わせていなかった。そういう世界の切り取り方を、することができなかった。それは答えようのない、ある種「暴力的な」問いだったのだ。その先生に会うたび「また言われる」と身体がちぢこまった。そうして長いこと私は、自分は折り紙が苦手だと思いこんでいて、やらなかった。この仕事に就いてやってみた時は「こんなに面白いものだったんだ!」と驚いたくらいだ。


もちろん、先生は、新たな楽しさを教えてあげたいという一心だったに違いない。ただ、大事なのは、彼らが楽しみうる表現を、大人の手で沈黙させてはならないということだ。どんなに走り回っていることが好きでも、そこに折り紙を嫌いになる理由はない。もともと持っている「好きなこと」 の周辺にあるものに、遅かれ早かれ子どもはごく自然に目を向けていく。今、思うのは「やらないの?と言うより、折り紙に夢中になる姿を見せてくれた方がずっとよかったのになあ」ということだ。


年長、K君。授業が始まる15分くらい前に来て、準備が 終わったらテキストの裏表紙に講師としりとりを書くのが、ここ数週間の恒例だ。

その前はというと、他の子が楽しそうにしりとりをしていても「ぼくもやる」とはならなかった。興味が湧いていなかった。K君の中で当時一番のあそびは、「片足けんけん109回」。「数えててっ!」と言いながらも自分で数える。


ある日、「しりとりやるー」と彼はテキストに文字を書き始めた。「やるんだ」と思った私は参加した。K君のしりとりは立派なものだった。相手の書いた言葉の末尾の文字を取る、という一点においては。

「あさり」と私が書いたら「りんもるり」。「りかしつ」と書いたら「つおいり」。「りんご」「ごふるえいり」「…また 『り』!?」私が苦しむ無限ループ。「わはは!わかんないことばでかいちゃえ~」。K君は自分が仕掛けた方法でしりとりを楽しんでいた。  


これが2週間くらい続いたある日。「しりとりやろう!」 と言ってきたK君をみて私はふと直観した。まず言葉を先に書いてあげた。彼が意気揚々と鉛筆を動かそうとしたその瞬間、「わからないことばは、なしね」。さらっと伝えた。「えぇー?!わかった!」K君は当たり前に、まるで前から やっていたかのように、普通のしりとりを始めた。「ひよこ」 「こま!」「まんとひひ」「ひみつ!」…。


周りの子がしりとりをやっていて、自分もそれに興味を持った。けれども全く同じ方法で(つまり正規のしりとりを) やることはできなかった。思いついた言葉があっても、すら すら書きつけることができなかった。だからK君は、自分自身を目の前の世界に合わせようと「わかんないことばしりとり」をつくりあげた。それは彼にとって(もちろん私にとっても)楽しかった。そうして「とりあえず、自前の方法で」 遊んでいるうちに、自由自在に字を書けるようになっていた。


教えるという仕事の根底は、「観察」によって支えられている。鉛筆を持つ手にこもる力具合、会話での言葉のはやさ、文字の課題への前のめり感…思った言葉を書くことにかかわるあらゆるK君の行動と表情を2週間見て感じて、「今日からもうやれるはず」と判断した。


見るとは、愛情だと思う。誰にも忘れがたく覚えている、成長させてくれた言動というものがあるだろう。それは、何もほめ言葉とは限らない。ときに叱咤激励、ときに小さなつぶやき、ときに沈黙でありさえする。雄弁さはいらない。必要なのは、相手からの愛ある観察だ。


観察には距離が要る。どんなに近くで見ようとしても、見ている自分と対象を切り分けなければならない。これが、ほんとうに難しい。第三者だからこそ、子どもたちに対しては 冷静に、等距離で見つめることができるのであって、自分の周囲の人に対してはなかなかそう簡単にいかない。書きながら耳が痛いが、得てしてそういうものなのだと思う。周りの力を借りるしかない。ちなみにK君のお母さんは観察の名手で、「よく手を出さずに見守られたなあ」といつも驚嘆させられる。


「みみず」「ず…ズッキーニ!はい書けた!」これまでの壁はどこへやら。土に水がしみこむように物事を吸収していく子たち。いつも躍動がある。だから感動し、観察してしまう。

竹谷 和(たけたに かず)

竹谷 和(たけたに かず)

教材開発部所属。年中から中学3年生までの幅広い学年に対しての教材開発をはじめ、各種出版にも携わる。子ども一人ひとりにあった指導法をとことん考え抜き、心に響く強い言葉を持っている。主な著書に『子どもの「書く力」は家庭で伸ばせる』(実務教育出版)がある。

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