【高濱コラム】『規範と脱皮』2017年12月

 埼玉県の公立高校には、第三者評価制度という仕組みがあります。

各学校は中期・長期の目標を言語化したうえで、年度ごとの目標や評価指標を決め、実際のところどうだったかを確かめなければなりません。

3年ごとに、民間人の第三者が教育委員会の方とともに訪問し、一つの締めとして、校長のリーダーシップや全校的な取り組みになっていたかなどを評価します。


 一定の成果を得たということでしょう、本年で終了となりましたが、私も7~8年、評価委員の役割を担っていました。

そこで感じたのは、高校ともなると、学生の目もシビアだし、就職なり進学なり明確な「実績」が突きつけられるので、真剣度が高いということです。

ベネッセやリクルートなど、民間の力は相当頼りにされているし、夏休みに予備校の研修に行くことにも壁がない。

問題は、教師同士が喜んで授業を見せ合う文化が決定的に欠落していて、授業力向上の足を引っ張っていることですが、そこは今後の課題となるでしょう。


 さて、その中で感銘を受けたことの一つが、いわゆる「荒れた学校」再生への取り組みです。

いくつかありましたが、そこには必ずキーマンとなる熱い先生がいて、生徒たちから絶大な信頼を得ていました。

そして、校長やその先生を中心に何をしてきたかというと、例外なく「規範を取り戻す」ことからスタートしていました。

やはり社会で生きていくためには、「まず規範ありき」なのです。


 先生が朝、校門に立ち、大きな声で挨拶してみせるところから始め、スカートの長さ、服装などにも細かくチェックを入れ、授業開始のときには机に座った状態で待てるようにしつけ直す。

まるで小学生の指導のようですが、きちんとした規範力を身につけられなかった高校生を再生するためには、そこがツボなのです。

そして、反抗や少々の混乱の時期を乗り越えて数年たつと、遅刻しない・時間厳守・挨拶などが文化として根付いてくる。

私が評価委員として訪れた段階では、これが昔荒れていた学校なのか?と疑うほどで、生徒たちの表情も非常に穏やかでした。


 イロハのイのような規範を身に着けられなかった子たちに欠落していたのは、朝定刻に起きることやきちんと挨拶することを当然の習慣にするという、家庭のしつけでしょう。

目先の計算力などに先走るよりも、いかにしつけこそが重要かということですね。


 ところで、最近おもしろいことに気づきました。

幼少期に「こうあるべき」という一つの型を身につけることが、すこぶる大事である一方、思春期以降にその与えられた衣を一度脱ぐことも必要なのではないかということです。それは二つの方向からの問題意識です。


 一つは、ガンで余命宣告を受けた人たちの本、稲垣 麻由美さんの『人生でほんとうに大切なこと』(KADOKAWA)を読んだときのことです。

宣告を受けて、平然としている人もいるけれど、心に混乱をきたす人もいる。

後者に共通しているのが、親に与えられたにせよ青年期に自分で構築したにせよ、「自分はこうあるべき」という自己像に縛られてしまっていることです。

「泣いては恥ずかしい」「強くあらねばならない」「美しい自分でいなければ私は価値がない」…。

すべては心の束縛であって、脱ぎ慣れた人ならばスイと外せるのですが、まさにそこにこそ人の悩みの芯のようなものがある。

そして、その根っこには「人(特に親)の期待に応えよう」という強い自己拘束の履歴があるなと感じたのです。

ちなみに、その本では、精神腫瘍科のお医者さんがその心にへばりついた鎧を、寄り添うように、語り合いによって一枚ずつ外していく過程が描かれています。


 与えられた心の衣を脱ぎ捨てるべきときがあると感じたもう一つの理由は、スーパーマンたちの研究によってです。

ある東大の先生は世界的な活躍・貢献をしている方ですが、知的な先端を歩きつつも気さくで笑顔が輝く方。

その柔和な雰囲気から、よほど恵まれてお育ちなのかなと思っていたのですが、お酒の席でお話ししたら、違うことがわかりました。

小学校時代、体も大きいし優等生なので、いつもクラスをまとめる役割を与えられていた。

実は、それが負担で負担で苦しくて、5年生のときに不登校になってしまった。

当然だけれど親もなかなかわかってくれない中で、追い詰められてとうとう万引きをしてしまった。

警察での顛末も詳しく書けばおもしろい話なのですが、いずれにせよ家族も先生も悲しませたそのときから、解放された気がしているというのです。

エリート然とした嫌味など露ほどもない、爽やかな魅力の秘密を知った気がしました。


 私はこのところ、それぞれの道で上り詰めた人たちにインタビュアーとしてお話を聞く機会を得ているのですが、「普通の優秀」ではなく「突き抜けた」人には、同じようなエピソードを持っている方が多いと感じています。

教育の世界でいまや総大将的な、公教育改革のパイオニアの方も、中学時代に万引きをしてしまった過去があるといいますし、ウェブ上で展開する授業で瞬く間に世界に広がった大会社の社長は、大学卒業後25歳までパチプロで過ごしたそうです。

囲碁の元名人に至っては、中学時代オール1で、指導しようとする先生の言いつけを守らずに顔が変形するほど殴られたそうです。


 共通するのは、型にはめようとする世界からの圧迫を、自力で振り払っていることです。

一時的に親や周りを困らせるけれど、その時期を過ごすことで「人の期待に応えなければ」という束縛から抜け出て、何事も「自分が本当にやりたいことか」という基準で選択し、決断できるようになるのでしょう。

そう言えば、10代の頃はなぜか不良がモテますよね。そこに食える力の萌芽を見るのかもしれません。


 ちょうど、「わが国産業における人材力強化に向けた研究会」という経済産業省で行われた会で持論を述べる機会がありました。

そこで座長の教授が紹介していた、「劣等生が会社を作り、優等生がそこで働く」というアメリカの諺めいた言葉が、上記の事情と関連しているなと思いました。

人類がこれまで経験したことのないスピードで進行し始めた第三次産業革命のただ中で、企業家精神の育成こそが急務と言われるいま、幼少期の「型作り」も大事、思春期以降の「脱皮」も大事ということでしょう。


 主体的で燃え上がる情熱を持った人材に育てたいですね。



花まる学習会代表 高濱正伸



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高濱 正伸(たかはま まさのぶ)

高濱 正伸(たかはま まさのぶ)

花まる学習会代表・NPO法人子育て応援隊むぎぐみ理事長。1993年、「この国は自立できない大人を量産している」という問題意識から、「メシが食える大人に育てる」という理念のもと、「作文」「読書」「思考力」「野外体験」を主軸にすえた学習塾「花まる学習会」を設立。1995年には、小学校4年生から中学3年生を対象とした進学塾「スクールFC」を設立。チラシなし、口コミだけで、母親たちが場所探しから会員集めまでしてくれる形で広がり、当初20名だった会員数は、23年目で20000人を超す。また、同会が主催する野外体験企画であるサマースクールや雪国スクールは大変好評で、延べ50000人を引率した実績がある。 各地で精力的に行っている、保護者などを対象にした講演会の参加者は年間30000人を超え、毎回キャンセル待ちが出るほど盛況。なかには“追っかけママ”もいるほどの人気ぶり。

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