【高濱コラム】『平等にひいきする』2017年11月

 全日本女子バレーボールチームの中田監督が、指導のコツを聞かれたときにおもしろいことを言っていました。

それは「全員に依怙贔屓(えこひいき)をする」というものです。

依怙贔屓とはそもそも複数人がいる中で気に入った者だけをかわいがるという意味ですから、一見矛盾しています。一瞬の困惑。

そしてAha!

この監督は、見逃しがちな真実をつかんでいる方だなと思いました。

例えば、「全員に平等に」というと聞こえは良いですが、それでは不十分で、本当に人を動かすためには、選手それぞれが、監督との関係の中で「私だけが特別に目をかけられている」と感じていることが大事ということでしょう。

そこには、似ているようでまったく質の異なる人心掌握術が見てとれます。


 偶然ですが、その言葉を聞いた翌日に、こんな体験をしました。

とある中学校から、父母と生徒たちに話をしてほしいという依頼を受けました。

その学校は、生徒が900人以上いる、埼玉県でも有数の優秀な中学校として知られています。

そこの校長が、私の小学校の同級生なのです。

熊本の山の中、人吉という町の小学校で、一学年6クラスもあったのですが、1・2・5・6年生で同じクラス。

私はどちらかというと勉強と笑わせることが得意、やっちん(彼のあだ名)は水泳で県下に鳴り響く成績をあげている少年でした。

「お前は将来ノーベル賞だな」

「お前はオリンピックで金メダルだな」

と、子どもらしい夢を語り合っていたのですが、回りまわって、官と民と立場は違えど、ともに教育を選び、故郷から遠く離れた町で一緒に仕事をすることになったのでした。


 そんなやっちんと、6年生の担任だったT先生との思い出話をしていたとき、あることがわかりました。

このT先生についてはすでに本などにも書いていますが、私にとって人生の恩人と言える一人です。

そのT先生に、4月早々、残るように言われました。

怒ると両手で頬をビンタする怖い一面もある先生だったので、恐る恐る行くと、こう言われました。

「君は相当頭が良いね。学校の勉強は簡単すぎるだろう。だが世界は広いのだからいい気になってはいけない。自分で色々な勉強をして持ってきなさい」と。

自学自習の勧めです。

見染められた感じが嬉しくて、毎日毎日、相当な量の自学のノートを持って行きました。

しまいには、町の小さな本屋さんでは、やるドリルが無くなってしまうくらいでした。

大学入試の最後の一年ほどではなくとも、それに次ぐ勤勉の一年でした。

気づけば、授業を聞いているだけで中学の中間期末はずっと一番。

その後の自信につながりました。


 特別に見出され、かわいがられた感じが、すごく嬉しかったのを覚えています。

そしてそれは、自分だけと思っていました。

ところが、校長となったやっちんは「あのとき、T先生は、九州学院中学を受ける俺のために、放課後特別に勉強を教えてくれたもんね」と嬉しそうに告白したのです。

…なんだ、自分だけではなかったんだと、40年以上もたって知ったのでした。

どうでしょう、まさに「全員に依怙贔屓をする」そのものではないですか。

それぞれが「自分は特別にかわいがられたなあ」と感じ、結果として意欲を高められ、努力することにつながったのです。


 さらにこれまた不思議なことに、たまたま面談にいらした、里親や児童養護施設の実態に詳しい方が、雑談の中でこう語りました。

「施設で育っても出世した人たちがいるんですけどね、その共通項は『ひいき』なんですよね。

例えば給食のおばちゃんがかわいがってくれて、みんなに見つからないように『これも持ってって食べな』とおやつをくれた、みたいな。

実の母はもちろん大事だけれど、そういう一人がいると人間は育つのではないかと思うんです」と。


 確かに、そもそも母とは「わが子をひいきする人」とも言えるかもしれません。

その子とうちの子では、もうまったくかわいさが違う。

目に入れても痛くない。

それはごはんをよそう仕草や見つめる眼差しに如実に表れていて、その「あなたは特別にかわいい」という愛情のシャワーを毎日浴びることで、人は生きる力を持てる。

レジリエンス(心のしなやかな強さ)を育むときの芯ともなるでしょう。


 私自身、それは何度も経験しました。

例えば、小3くらいの頃、近くの中学校に遊びに行ったとき、ちょっとしたいざこざがあって、中3の男子生徒に追いかけられ、組み敷かれて数発殴られたことがありました。

軽く痣を作って帰ったとき、もともと子どもの喧嘩には口出ししない親だったのですが、中学生にやられたというので、母は涙目で「かわいか息子に何ばしてくれるとか!」と怒ったのです。

「俺は母さんにとって、すごく大切な存在なんだな」と感じ、その本気の思いに肌の痛みなど吹き飛びました。


 ひいきに注目することで、思いがけず子育ての秘訣が見えてきました。

その本質は、「特別感」が最も近いでしょうか。

特別感があると、人はやる気になります。


 ほめられることが嬉しいのは、その瞬間「少し高い特別な位置」に持ち上げられた気持ちになるから。

だからほめることは効果的である。

一方叱るときでも、思いを込めればそれは「私のために、特別にエネルギーを注いでくれたな」と感じられる。

心を込めた叱責ならばプラスの効果がある。

表彰が確実にその後のやる気につながるのは、要は特別の存在だと認められたということだから。

その可視化したものが表彰状。

男子は勝負事が好きで勝ち負けにこだわるが、それは「勝ちという特別な地位」が魅力的だから。

「限定」という言葉に弱い大人も大勢いるが、それも特別感そのもの。


 平等に対することは、信頼を得られる行動規範ではあります。

しかし一方で人がグンと意欲を伸ばすのは特別視されたときです。

子どもたちに、工夫して特別感を与えましょう。

わが子が特別であることには誰も迷いはないですが、問題は兄弟姉妹間の戦い。

「お母さんは私より弟の方がかわいいんだ」この意識でどれだけ多くの人生が雨空や曇り空になってきたことでしょう。

一対一の時間を「心がけ」ではなく「予定」として平等に取りながら、3人いたら3人ともが、「私は特別に愛されたなあ」と感じられる子育てができれば、素晴らしいですね。


花まる学習会代表 高濱正伸



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高濱 正伸(たかはま まさのぶ)

高濱 正伸(たかはま まさのぶ)

花まる学習会代表・NPO法人子育て応援隊むぎぐみ理事長。1993年、「この国は自立できない大人を量産している」という問題意識から、「メシが食える大人に育てる」という理念のもと、「作文」「読書」「思考力」「野外体験」を主軸にすえた学習塾「花まる学習会」を設立。1995年には、小学校4年生から中学3年生を対象とした進学塾「スクールFC」を設立。チラシなし、口コミだけで、母親たちが場所探しから会員集めまでしてくれる形で広がり、当初20名だった会員数は、23年目で20000人を超す。また、同会が主催する野外体験企画であるサマースクールや雪国スクールは大変好評で、延べ50000人を引率した実績がある。 各地で精力的に行っている、保護者などを対象にした講演会の参加者は年間30000人を超え、毎回キャンセル待ちが出るほど盛況。なかには“追っかけママ”もいるほどの人気ぶり。

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