【高濱コラム】『心の壁』2017年10月

 今年もサマースクール漬けの夏を過ごしました。

大自然の中で遊びに熱中する子どもたちを見守れる喜び、全員「初めまして」でスタートする人間関係が、日々近く濃いものになっていく過程を見守れる喜びを感じながら、ともに体を動かし、走り、歌ってきました。

低学年メインの回で班リーダーに近い立場のときは、久々に3泊4日中、自由時間となれば男子軍団と戦いごっこに明け暮れることができて、自分の中の野生の本能が燃え上がるのを感じました。

そのぶつかり合いの中で、元々これが好きで始めたし、どんな時代でも生きていけるたくましさを育てたかったのだと、自分の原点を再確認できました。


 一方、高学年向けには、野外自活のゴール地点であるサバイバルキャンプと並んで、「高濱先生と行く修学旅行」「世界を知る旅」という、思春期だからこその内面の成長を促すプログラムがあります。

今年のテーマは「心の壁」としました。

このことを理解しておくことが、彼らのこれからに大きな力となると思ったからです。

以下は、「世界を知る旅」でのエピソードです。


 まず、私から、導入として以下のような話をしました。

 ちょうど障がい者に関するSNSの私の書き込みに対し、ほとんどの人は好意的な中で、「え、なんでそういう言い方?」という否定のコメントを書く人がいたんだよね。

「なんだこいつきれいごとばかり言いやがって」と反発を買ったとしたら、芸風の甘さというか私の不徳の致すところではある。

だけど、そういう自分の中に勝手に築き上げた心の壁に気づきもせず、お門違いな批判のための批判をして「言ってやったぜ」と鬱憤を晴らすような、残念な人にならないようにしようね。

「あいつうざい」「きもい」「許せない」というような感情を人は持ちがちだけれど、それはちょっとしたことで「なんだ結構良い奴じゃないか」とわかったとたんに消えてなくなるようなものでしょう。

つまり、本当はもともと世界に存在しないのに、その人の心にご丁寧に自ら建設してしまうのが、心の壁の哀しくもおもしろいところなんだよ。


 実は食べ物の好き嫌いも、ほとんどは思い込んでいるだけで、どこかで「嫌い」という催眠術を自分にかけて壁を作ってしまっただけなんだ。

だって、同じ人類である他の人が食べられるとしたら食べられるものなんだと思わない?

その構造に気づいた19歳のある日から、私はすべての好き嫌いを克服したよ。


 カンボジアのあの孤児院の子たち、すごく明るくて笑顔だったよね。

みんな貧しいのにと思わなかった?

実はそこが肝でもあるんだ。

人は年収いくらかということでは本質的には嫌な人にならない。

みんな一緒に貧しいときはね。

人間は人の間に生きる生き物だから、「他の人が金持ちになること」には心が変形をし始める。

憧れと同時に嫉妬心や敵愾心を抱くんだな。

つまり、絶対額ではなく、格差が心の壁を作るんだよね。


 こういう壁の本質をつかめると、無駄なこだわりや差別の気持ちから自由でいられるんだ。

「あ、いま私は壁を作ってしまった」というように自分をモニターする目を持って、心がこわばりそうになったとき、スルリと抜け出る柔軟性が持てると、しなやかな強さを手に入れられるよね。

さて、それでは、自分の中にある心の壁は、誰に対するどのようなものか考えて、チームの仲間に発表してみてください。


 ちょうどイジメなどが起こる年齢であり、思い当たることも多かったのでしょう。

子どもたちは、真剣に聞き入り、考え、発表してくれました。班のリーダーにも参加してもらったのですが、彼らの発表内容が、さらに子どもたちを揺さぶりました。


 Aリーダーは、自分の親との距離について述べました。

花まるの子どもたちと関わっていると、サマーのお迎えのときなど屈託なく「今日ね、これこれこういうことがあったんだよ」と言えているのが羨ましい。

私は自分の親にはどこかで照れているというか、言えないまま大人になってしまった。

その壁をいまだに乗り越えられていない。


 カンボジアで数年働いてから、花まると出会って就職したDリーダーは、人種差別を語りました。

自分はそんな人間ではないと思っていたが、カンボジアに赴任した直後は、時間は守らないし、計算は間違えてばかりのカンボジア人を、いつのまにか馬鹿にしていて、居心地の悪い日々を過ごした。

しかし、あるとき、相手の育ってきた環境やその国の文化に寄り添えたときから、こだわりが消えてすごく楽しい日々になった。


 Mリーダーは、中学時代の思い出。

小学校からテニスをやっていたので、当然テニス部に入ろうと思ったが人気で抽選になり、はずれて仕方なくバレーボール部に入った。

だが第一志望でないこともあって、練習がつまらなくて嫌で嫌で仕方なかった。

ところが二年生にあがる直前の試合に出たとき「あれ、バレーボールってなんておもしろいスポーツなんだ」と気づいた。

そのとき、「俺は一年間なんてもったいないときを過ごしてしまったんだろう」と後悔した。


 私よりずっと年齢の近いお兄さんたちからの思い溢れる言葉に、子どもたちが明らかに感動しているのがわかりました。

予期せぬ化学反応。

そういうリーダーの言葉を聞いたうえでの発表会を、翌日の晩にもう一度開催するほどでした。


 赤ちゃんがお母さんの胸にピタッとしがみついているように、大人になっても人は何か「確かなもの」にしがみついていないとすまないのでしょうか。

同じ見えないものでも、希望や自信を描けている人は力強く生きていけますが、恐れや不安やコンプレックスに占拠されている人は、どこかで誰かをたたいたり心の壁を作ることで自分を支えようとしてしまうのでしょう。


 それにしても、やはり高学年以降は、こういう直球の問いかけをし、仲間やお兄さんお姉さんたちと照れずに話し合わせることが、本当に大事だなと感じました。

ちびっ子との戦いごっこや鬼ごっこと同様に、これからもコツコツと続けていきたいと思います。


追記 私が一生で一番感動したアルバムは、20歳の時に聞いたJohn Lennonの「Wallsand Bridges」なのですが、邦題が「心の壁・愛の橋」だと思い出しました。   



花まる学習会代表 高濱正伸

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高濱 正伸(たかはま まさのぶ)

高濱 正伸(たかはま まさのぶ)

花まる学習会代表・NPO法人子育て応援隊むぎぐみ理事長。1993年、「この国は自立できない大人を量産している」という問題意識から、「メシが食える大人に育てる」という理念のもと、「作文」「読書」「思考力」「野外体験」を主軸にすえた学習塾「花まる学習会」を設立。1995年には、小学校4年生から中学3年生を対象とした進学塾「スクールFC」を設立。チラシなし、口コミだけで、母親たちが場所探しから会員集めまでしてくれる形で広がり、当初20名だった会員数は、23年目で20000人を超す。また、同会が主催する野外体験企画であるサマースクールや雪国スクールは大変好評で、延べ50000人を引率した実績がある。 各地で精力的に行っている、保護者などを対象にした講演会の参加者は年間30000人を超え、毎回キャンセル待ちが出るほど盛況。なかには“追っかけママ”もいるほどの人気ぶり。

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