子どもたちの未来をゆたかにするために。大人が持っておきたい視点は…


 豆腐の味と、見ることと

※本記事は、2015年度『花まるだより』で掲載したものです

12月、敬愛する小説家、保坂和志さんの講演会に足を運びました。タイトルは「文学を通じて得られる人生の報酬」。以下、そこでの氏の話(の、ほんの断片)から。


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生きるっていうのは、そのステージをあげることに意味があると思うんです。自分の中で、次の段階、次の段階… たとえばサッカー観戦だったら、

①勝ち・負け

②ゴールが見事だった、きれいだった、すごかった

③ドリブル、パスの出し方…

始めのうちに面白いと思えるのは①だけなんだけど、見ているうちに②がわかるようになり、やがて③も、となっていく。①の面白さしかわからない人には、②や③の面白さはわからない。

近所においしい中華料理屋さんがあって、妻と行くんですが、妻はそこの煮物を食べながら、「なんでこんなに柔らかく、型崩れせずに煮ることができるんだろう」って感動するんですよ。僕は料理をしないから「おいしい!!」としか言えない(笑)。「豆腐の味がわかる人生の方が、ゆたかだ」と思うんですよね。入口に立っているだけの人には、見えないことがある。奥に行けば行くほど、見えてくる風景がちがう。

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「ゆたかに生きる」ということが、どういうことなのか。当たり前ですが、そこから逆算して考えることが必要だな、と思っています。生きていく当人がそれをつかみとっている、それが確かな言葉になっていることは、「結果を出すことによって得る、外部からの評価や承認」とは全くちがった形で、その人の生を、内側からつよく支えてくれます。それがどういうものなのか。まず子どもの近くにいる大人が、認識が漠然としているなら、一歩踏み込んで考えるのが先だと思うのです。


たとえば近年、私自身が「魅力的だな」と感じる人たちに、共通していることがあります。「見ることが上手である」ということです。

目が自分の内側に向いて、「こう思う」ということが言葉になる人は、多くいます。バランスよく外にも目が向いている人は、インプットの量がちがう。歩いている中で、「あの木の中に、鳥の巣があるね」という言葉がたのしそうに、自然に出てくる人は、それだけ多く世界のゆたかさを受け取っていて、素敵だな、と思うのです。

先の話も、①から②③に至る過程には「よく見る」がある。たくさん見ている中で、共通点や違いへの気づきがあり、心が動いて言葉になる。だから面白いと思える。仕事においても、前進や改善への最初の一歩は、目の前で起きていることを曇りのないまなざしで見ることと、その中で「おや?」という違和感をもつことです。そういう気付きをもつことができる人は、何かを成し遂げようとするチームにおいては、宝物のような存在になるでしょう。

 

どうしたら、もっと見るのがうまくなるのだろう、と思います。そして、そのようなことこそを、子どもたちに渡せたらな、と思うのです。その人の言葉を、人生を、その人の内側からゆたかにしつづけられるような、何かを。


先の講演会で、保坂さんへの質疑応答の機会があり、思い切って手を挙げてみました。

「その人の言葉をゆたかなものにしていくために、小さいころ―― 幼稚園や小学生の時期にやっておけることって、何かあるとお考えでしょうか」


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僕も、僕の友人の哲学者も、小学校にあがるまでは字が読めなかったんですよ(のちにこの話を聞いた高濱が「俺もそうだった!」と言っていました)。

これはあくまで、幼稚園で保母さんをやっている知り合いに聞いた話だけれど、絵本を読み聞かせたときに、もう字が読める子は、字のところしか読まないんだけれど、字が読めない子は、絵本を全体であじわうんだって。言葉って、言葉になってしまうとそぎ落とされてしまうものが沢山ある、というものでもある。


子どものころは、言葉をたくさん覚えるとかよりも、子ども時代にしかできないことを、たくさん経験しておいた方がいいんじゃないかなって思います。

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何かすぐに、指導に役立つ答えが…なんて期待していた自分を少し恥ずかしく思いつつ、うれしくも思いました。花まる学習会って、子どもたちにとって、そういうことができる場所だな、と思ったからです。

経験したことのない感情は、教えても実感することはできない。あるいは読み取った言葉から情景や場面を立ち上げるとき、人は、言葉だけでは埋めつくせない隙間の部分を、自分の中にある、経験したままの記憶で埋めている。

外で日が暮れるまで遊ぶ。むき出しの人間関係の中で、悩み、ふと立ち止まる。幼少期の、さまざまな世代の人たちとの関わり。そういうことの尊さを思います。


それなりに年をかさねてきましたが、これほどまでに「10年先の日本が(世界が)どうなっているか、わからないな」と感じたことはない、そう思う昨今です。

技術が進む。情勢が変わる。勢力図が変わる。さまざまな出来事が起きる。少し前までは当たり前であったことが、当たり前ではなくなっていく。あるいはその逆も。


目の前の子どもたちを見ていて、思います。この子たちに、何を渡してあげるのがよいのだろう。


今ここで、また一段掘り下げなければな、と感じています。

仁木 耕平(にき こうへい)

仁木 耕平(にき こうへい)

スクールFC 教務部 部長。 専門教科は国語。読むため、解くためのポイントを徹底的に言語化・作業化しておこなわれる授業は、論理的かつエネルギッシュ。一度見たら忘れられない風貌もあいまって、何人もの生徒に「読解を解いていると、仁木先生の声が聞こえて解ける」と言わしめるほどである。中学受験・高校受験ともに、国立・御三家志望生も含め、多くの受験生を成功に導いてきた。 現在も、教材開発の統括を担当しつつ、授業の現場の第一線でバリバリ活躍中。

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