困難に立ち向かう力は幼児期に身につく

 「せーの!ふたコマまんが、たこマン!!」

掛け声と共に、一斉にピッと子ども達の手が挙がる。一瞬の静寂。「僕を(私を)指して!」という祈りの波動のようなものが子ども達の目から伝わってくる。息が止まりそうな独特の緊張感が教室を支配する。子ども達の本気が一点に集まるような、この瞬間が幸せだ。みんな夢中になっている。子ども達の一人ひとりと目を合わせる。その中でも一際、念を込めた目で訴えてくる1年生のR君。アイコンタクトはばっちり。「指すよ」「うん!」


「では…Nちゃん!」 

張りつめていた緊張の糸がプツンと切れて教室の時間が再び動き出そうとしたその刹那、教室に爽やかな風が吹き込んできた。


「先生、惜しい!」

椅子から転げ落ちんばかりに、仰け反りながらR君が発した一言。ドッと教室中に爆笑の渦が広がる。指されたNちゃんも、子ども達も、講師も、R君も私も。私は彼の隣に座っていたNちゃんを指した。彼とのアイコンタクトを「スカした」のだ。

 もちろん、信頼関係が出来ていなければやらないアソビではある。そして、私が仕掛けたアソビをアイコンタクトの段階からある程度察知し、想像を超えるオチをつけたR君から学ぶところは多い。


 と、授業中の一場面を紹介しましたが、R君の心理と表現に一つ豊かに生きるコツが見えた気がしてなりません。ともすれば、指されなかったことで「ふてくされる」という選択をする可能性もありました。しかし、それをせずに「先生、惜しい!(その隣の僕だよ!)」と。

 一瞬の間に、彼の思考回路を通して超ポジティブな言葉が飛び出してきたのは、考えて用意したものではなく、無意識で反射的なものとしか言えないと思います。では、その思考はどこで培われるのか。おそらくご家庭の雰囲気であり、良質で前向きな言葉が飛び回る習慣なのだと思います。


 物事をプラスに捉えるのか、マイナスに捉えるのか、その汽水域への価値観は意外と小さいうちに身についてしまうもののようです。よく話す事例の一つですが、5歳児でも残り半分の水筒を見た時に「もう半分しかない」と悲観的にその状況を受け取る子、一方「まだ半分もある」と楽観的に受け取れる子の二通りに、ほぼ半々で分かれます。楽観的な子は仮に全部中身が無くなったとしても「また、たくさん入る」と先の幸せを想像し、結局どんな状況でも喜べる子が多いのが特徴的です。もちろん、冷静な判断と慎重さが価値を持つ場面も非常に多くあります。ただ、逆境と思えるような局面すらも根幹にある揺るがないものが「この先にあることがよい結末だと信じられる」意識であってほしいと願うものです。


 あるファミリーレストランにご家族で来られていた方たちの様子です。見ていると、注文してから随分時間は経ち、後から注文していたお客さんの方に、先に料理が届けられているのに、不愉快さを全く感じさせないのです。よく話を聞いてみると「これだけ、お腹を空かせて待ったのだから、いつもよりもずっと美味しく食べられるねぇ!」とお父さんとお母さんが二人の会話が、待つという行為そのものを幸せへのスパイスにしていたのです。苛立ちかねない場面を前向きな言葉一つで幸せな時間に変えてしまう。その後、運ばれてきた料理を口に運んだ時のご家族の喜びは、隣に座っていた私まで嬉しくなるような光景でした。


 さて、花まるに通う子たちは総じて困難な局面を深刻化しないということに長けている気がしています。なぜか。それは幼児期からサマースクールや雪国スクール等、野外活動での経験を豊富に積んでいることも一つ大きな要因だと私は思います。イレギュラーな事態こそ当たり前。どうせなら、そんな時こそ楽しもう。起こった状況に応じて、自然としなやかな対応を重ねていく子ども達。その後ろにはポンと背中を押して、おおらかに子ども達のチャレンジを応援してくれるご家庭が必ずあるものです。


気を取り直し、満を持してR君を指名。鼻息も荒く席を立ち…

「あのね、あのね、えーと…あっ忘れちゃった!」


再び教室中に広がる幸せに満ち溢れた皆の笑い声。どこまでも、自由で伸びやかで正直なR君でした。



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🌼『60点でも伸びる子、90点なのに伸び悩む子

相澤 樹(あいざわ たつき)

相澤 樹(あいざわ たつき)

1978年千葉県生まれ。 未就学児の体育指導員や、お泊まり保育の現地受け入れスタッフを8年間務めた後、高濱に誘われ2006年花まる学習会に入社。 これまで3歳児から小学校6年生まで、のべ3000人以上の子どもたちを指導。 子どもの行動の背景を見抜いた的確な観察眼と保護者へのサポートに定評がある。 人材育成・社員採用の責任者、神奈川ブロックのブロック長を経て、2016年度に関西ブロック長として大阪に赴任。現在に至る。 講演「あと伸びする子の家庭の習慣」や「健やかに子どもが育つ住まいとは」は全国各地で大好評を博しており、2016年3月には『60点でも伸びる子90点でも伸び悩む子』(あさ出版)を上梓するに至る。

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